それはどうしてでしょうか・…
私は考えます。物質に恵まれすぎて、与えられることに慣れすぎて、
便利というゆりかごに甘んじて、無意識のうちに
「自らの力で、試行錯誤のもと希望を見出し何かを手に入れるという発想」
すなわち「想像力」が当然ながらなくなってしまっているからです。
物質的に豊か、便利、満たされている状態は、
裏を返せば本来人間が持っている希望やハングリー精神、
成長の願望などが起爆剤になってはぐくまれる想像力を麻痺させます。
ですから、自らがこうなりたい、手に入れたいなどの希望をもち、
それに向かって計画を立て、雨の日も風の日も、苦しくても悲しくても耐え続け、
想像力を使って時間をかけてやっと手に入れてゆくという
人として当たり前でかつとても美しい行いに価値を見出せないのです。
通常、希望や生きる意味がみつかったら、まず計画を立てます。
そしてそれを辛抱強く想像力を駆使し、継続して克服してゆく。
そしていつの日か気がついたらその希望が叶っているものです。
その過程で本人にとってとても大切なことも学べます。
その中で感動という快感を味わうと、また更なるステップを踏みたくなり
きっとどんなことでも挑戦し達成してゆけるすばらしい人生になってゆくのです。
だから、今が輝き、芯が太く骨太な毎日を輝きながら送ってゆけるのです。
それが人間らしい自然な道なのです。
ところが、そうでないと日々の生活に意味を見出せず、
そしてストイックなことには当然ながら興味が沸くわけがないので敬遠し、
面倒くさいとかうざいとか飽きたなどの無味乾燥な言葉が自然に出てしまうのです。
もっと言うと存在意義を見出せなくなるので、
ニートや想像もできない少年犯罪の横行が進むのです。
流行のものや流行があっという間に廃れてゆく現代の現象も
それを物語っているのだと考えます。
人は、誰でも何かしらそれぞれの役割をもって生まれてきていると思っています。
それに気づき、素直に果たしてゆくことが実は幸せなことなのだと思っています。
物質だけを追い求め、精神の成長に目をくれなくなると、
そこにあるのは脱力感やむなしさだけです。
今まで述べてきた人生を生きてゆくのはそれはそれは過酷で険しいものです。
だからこそ私たち自らが子供たちの模範となり、
精神的な指導をベースに学習指導にあたり、
そこに「笑い」というカンフル剤を駆使し、
根気強く継続してゆくことが理想達成の私たちなりの道であるのだと思っています。
だから私たちは、日々子供たちとともに挑戦し続けます。
それが私たちの幸せでもあるからです。
本当の幸せな人生を送る子供たちが少しでも増えてゆくように・・・・
3つの指導理念
1
きちんとビジョンや信念を持ち、
その実現のために自らの過去や経験を分析材料に今を精一杯生きることができる
人材を創出し、かつ自らもそれを実行するような学習塾になることが
私たちの理念です。
人は十人十色であり、それぞれの役割使命をもって生まれてきていると思っています
だからこそ自分だけのビジョンが描けなければ
今というその一瞬が無味乾燥になってしまい、生きがいをなくしてしまうからです。
逆にその役割使命を全うすることが幸せなのだと信じているからです。
そのように生きてゆければ必ず充実した、
生きがいのある人生を歩んでいけると信じています。
2
起こりうる全ての事柄(喜び 感動 苦難 失望 絶望 出会い…etc)が
素直に自らの修行のためだと捉えることができ、
そうして成長をしてゆける気高く崇高な人材を創出し、
かつ自らもそれを実行するような学習塾になること。
そうすれば何が起きても道を誤らずに
実のある太い人生を歩んでゆけるのだと信じています。
3
人として当たり前の行為ができ
古来日本から引き継ぐべき清らかな心がけや道徳心を身につける。
物質のあふれすぎている物質文明の世の中では、精神を軽視しがちです。
物質文明の代名詞である「便利」「豊かさ」だけを追い求めるだけでなく、
精神の修練や研磨を通して豊かな精神世界を持つことも大切なのだと信じています。
双方のバランスをしっかりと保つことが
幸せな人生を歩んでゆくベースなのだと信じています。
以上のような人材はこれからの日本社会において必要不可欠な要素を備えており、
お子様が将来歩んで行くためのベースとなる素養であると信じています。
ビジョン×継続×達成感(成功体験)
= 子供が描く将来への可能性の大きさ
= 将来への充実感と毎日の充実感
= 幸せ
青葉学院スタディアム
学院長 田中 俊行
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